毎日過ごす場所は、好きなものと美味しいもので溢れていてほしいよね。おこもり時間の参考書として「自分の幸せは自分が一番理解している」そんな女性作家のエッセイを集めました。それぞれのこだわりに満ちた生活を楽しんでください。

女性作家が綴る日常と人生のオススメエッセイ5選

誰にどう思われたって、あなたの幸福はちっとも揺るがないのです

森茉莉
「幸福はただ私の部屋の中だけに」 (ちくま文庫) 

己の幸福は己で決めます度:★★★★★
貧乏だっていいじゃない度:★★★★★
片付けって何ですか?度:★★★★★

 森鴎外の娘、森茉莉の暮らしと生き方のエッセイ。そう聞くと裕福なお嬢様の苦労知らずエピーソードが綴られていそうですが、全く違います。

 描写されているのは、掃除を知らない女の大変な様相の部屋。お金を使わなくても贅沢にくらす術。誰に理解されなくても、自分なりの幸せを享受し、書きたいものをかき、好きなものに囲まれて生活する女のエッセイです。

 ただ、語り口があまりにもエレガントかつ部屋に散らばるアイテムが魅力的なので、そんな生活もいいかしらん。と思わずにはいられないのです。

 人からきいて、優雅とはこういうことだときめたり、評論家が書いていたから、そういうものだろうと思ったりして、そんなように装ったり、そういうように生活している人は、一番優雅から遠い人だと思うんです。

「幸福はただ私の部屋の中だけに」

よく見知っているのに、なんでこんなに魅力的なんだろう

江國香織
「とるにたらないものもの」

日常生活輝く度:★★★★★
化粧おとし面倒じゃなくなる度:★★★★★
焼き鳥食べたくなる度:★★★★★

 輪ゴム。煙草。愛称。下敷き。石けん。ピンク。大笑い。

 どれもこれも身近にあってよく見知っているはずなのに、このエッセイを読むと急に魅力的に見えてくる。固ゆで卵が食べたくなり、食器用スポンジが買いたくなり、石けんで手を洗いたくなるのに、我が家には石けんがない。困る。

 ノスタルジックで美しくて、実は大事なものもの60にまつわるエッセイ。

 石けんを水やお湯で濡らし、両手で包んでするすると転がす。そのときの、手の中で石けんのすべる感触には、ほとんど官能的なまでの愛らしさがあると思う。それがみるみる泡立って、泡が空気を含み、手から溢れ、いい匂いを放ちつつこぼれていくさま。そうしながら汚れを落としてくれるなんて、善すぎる。

「とるにたらないものもの」

欲しいものは欲しい。底なしの欲望を妥協せずに叶えてみせます

向田邦子
「夜中の薔薇」 (講談社文庫)

“ふり”をするくらいなら開き直る度:★★★★★
ここ一番でモノをいうのは言葉ではないのかな度:★★★★★
花屋の売れ残りありがた迷惑度:★★★★★

 意味のない反省と謙遜に、嫌悪感をむき出しにして立ち向かう姿勢が清々しい。

 自分の欲望に忠実に生きるところは森茉莉に通じるものがあるけれど一万倍生活力があり、きっちり地に足が着いていてたくましい。

 長所より短所として現れがちな個性の枝を、歪めてしまわぬよう生きると決心したら、苦痛も伴いますが精神衛生上大変に良いらしい。

 本当に心の底から反省して、その結果を実行にうつしている人もいるでしょう。しかし、私の反省は、ただのお座なりの反省だったのです。
 それくらいなら、中途半端な気休めの反省なんかしないぞ、と居直ることにしようと思ったのです。魂の底からの反省、誰も見ていなくても、暗闇の中にいても、恥かしさに体がふるえてくるような悔恨がなくて、何の反省でしょうか。

「夜中の薔薇」

混乱した現実問題を解きほぐすのはいつだって散歩中

小川洋子
「とにかく散歩いたしましょう」

犬を連れて散歩行きたくなる度:★★★★★
締め切りに追われてもどうにかなりそう度:★★★★★
ハダカデバネズミ気になる度:★★★★★

 締め切りに追われる生活の中、どう書こうかじっと考えていると「なにがゆえに?」と耳元で聞こえるイーヨーの声に救われ。小説が行き詰れば、アフリカの地を旅するハダカデバネズミに思いを馳せる。

 星野道夫のエッセーを読んではアラスカに脳内トリップ。息子の怪我や父の危篤の非常事態は、尾っぽを振って出迎えてくれる愛犬との散歩に励まされる。

 追い詰められているんだろうけど、結果どうにかなるじゃない。とちょっと楽観的になれるエッセーたち。

 そのときの不安を私が打ち明けると、じっと耳を傾け「ひとまず心配事は脇に置いて、とにかく散歩いたしましょう。散歩が一番です」とでもいうかのように、魅力的な匂いの隠れた次の茂みを目指してグイとリードを引っ張った。

「とにかく散歩いたしましょう」

当たり前の生活でいて、どのシーンにも心地よい気配が漂う

平松洋子
「なつかしいひと」

生活の細部磨かれる度:★★★★★
競馬新聞に挟まれたアレにドキッ度:★★★★★
塩雲丹と吟醸酒で一杯やりたい度:★★★★★

 どの一編にも「ああ。私も好き」って共感できる時間と場所が詰まっている。夏も冬も待ち遠しくなり、庭で揺れる草木を見つめたくなり、一人で吟醸酒をあけたくなる。

 南向きの縁側。ほとびる梅干し。水中花。夜空に浮かぶ盆踊りの提灯。

 数え上げたらきりがないほど美しい瞬間と多幸感に溢れた日々。どうやってこんなに繊細に世界を見つめられるんだろう。

 ぱたんと本を閉じていそいそ戸棚から片口を取りだし、吟醸酒を注ぐ。塩雲丹を豆皿に盛り、ついでに海苔を香ばしく焙り、キュウリも薄く切って添える。

 小さな酒の善がととのった。昼間はまるで初夏のような陽気で夜風がなにやらなまめかしく薫る。窓を開け放して一献傾け、塩雲丹をちびちびとありがたく舐めながら窓の外の暗がりに視線を移す。

 遅咲きのこでまりが、上へ下へ、右に左に、ゆるやかな曲線を描きながら揺れている。

「なつかしいひと」

読みたいエッセイは見つかりましたか?

 どれもオススメの1冊です。どれを読もうか決めきれない方にさらに付け加えるなら、

 誰になんと言われようと自分の信じた道を突き進むための勇気が欲しいなら「幸福はただ私の部屋の中だけに」「夜中の薔薇」

 シンプルで幸福な日常を追体験したいなら「とるにたらないものもの」「なつかしいひと」

 仕事に追われて誰かと現実逃避したいなら「とにかく散歩いたしましょう」を手に取ってみてください。