殺人事件、複数の容疑者、アリバイ工作、一見するとミステリー小説。だけどこれは、違う。
爽快な謎解き、ラスト数ページの鮮やかな伏線回収を求めているならオススメしない。
ひたすら混乱して、ストーリーの中で迷子になる。
置き去りにされる不安や、ひたひたと満ちてくる不穏な気配を楽しむための小説です。

恩田陸
「中庭の出来事(新潮文庫)」


 お化け屋敷に行くつもりで読んでほしい。
何が怖いと言われてもよくわからない、しいて言うなら、わからないことが怖い。

 ストーリー自体も劇中劇中劇のような複雑な入れ子構造になっていて、自分がどのレイヤーの登場人物の話を聞いているのかわからなくなってくる。

 それぞれの登場人物が何を考えているのか、何を隠しているのか。誰ひとり信用できない状態で物語は進み、それでも読み進めていると、突然会話の中に気味の悪い話が登場したりする。

例えばこんな。

 ある人がねえ、海で泳いでたんだって。もう夕方になって、帰ろうと思って浜に上がるときに、海の中の岩で膝を切ってしまったの。痛い、と思ったんだけど、大した傷じゃなかったんで、自分で血止めをして、放っておいたのね。傷は数日で治ったんだけど、そのうち膝がむずむずするようになったんだって。膝の内側が痒くて痒くてたまらない。あまりにも痒くて我慢できなくなったんで、医者で切開して診てもらったの。そうしたらね、膝のお皿の内側に、小さな小さなフジツボがいっぱい、びっしりと貼り付いていたんだって

恩田陸
「中庭の出来事(新潮文庫)」

あぁ。想像してしまった。
そんなことあるわけ無いと思いつつ。
ふとした瞬間に思い出してしまいそうな、気味の悪いシーンが散りばめられている。

 この先に何があるのかわからない暗闇を歩き続けて、突然横切る不穏な気配を感じながら進むお化け屋敷のような話だった。この本の一番の楽しみ方はそこなんじゃないか思う。なんかわかんないけどひたすら前に進む。そのスリルを味わってほしい。もれなく全編に、濃密に、いやぁーな気配が満ちているから。

 ラストは複雑に絡み合った作中の物語が溶け合い、混乱しているうちに、気づけば謎解きは終わったような?犯人は明かされたような?気も、しないでも無い。

 全ての謎をぐしゃぐしゃに丸めて、ぎゅーとまとめられたなぁ。と思っていると、お化け屋敷の出口にいて、突然現実世界に放り出される。

「あれ?終わった?」

読後感はそんな感じ。

出口を目指して歩いているときに感じる、不穏な気配を堪能してください。

恩田陸
「中庭の出来事(新潮文庫)」