1992年9月6日アラスカの荒野に打ち捨てられたバスの中で、行方不明だった一人の若者が発見された。彼はワシントンDCの高級住宅地で育ち、エモリー大学を優等で卒業後、名前を変え、2万4千ドルの預金を全額慈善団体に寄付し、家族に何も告げずに姿を消した。これは彼が姿を消してからアメリカ中を放浪しアラスカで発見されるまでを追ったノンフィクション。

ジョン・クラカワー「荒野へ」 (集英社文庫) 

「荒野へ」は見たことないアメリカを旅したい人におすすめ

  • 旅に出た少年がアラスカで発見されるまでのノンフィクション作品を読みたい
  • 徒歩とヒッチハイクで巡る、見たことないアメリカを旅したい
  • 全力疾走で背負って運べるものだけで送るノマドライフを知りたい

「荒野へ」内容・あらすじ

 裕福な家庭で育ったアメリカ人青年が家出同然で旅に出て、アラスカで発見されるまでを追ったノンフィクション。著者は、そのニュースを〈アウトサイド〉誌に掲載した。その後も彼の死の顛末、アラスカへたどり着くまでの複雑な旅路、家族関係を細かく調べまとめたのが本書。

 ○体とともに残されていた撮影済みのフィルムと日記、所持していた本に引かれたアンダーラインやメモ、家族の証言、旅先で彼と出会った人たちへのインタビューから見えてくる姿。それは高い理想を持った若者か、向こう見ずな愚か者か、愚行によって命を落としたナルシストか。その判断は読者に委ねられている。

 彼は1990年に大学卒業後、約2年もの間アメリカ中を放浪している。自然が与えてくれるものだけを食べて生活したかと思えば、ラスベガスのイタリア料理店でバイトをしたり、カヌーでメキシコに不法入国したりもする。常に危険と隣り合わせの旅をした彼がアラスカの地へ足を踏み入れたのは1992年4月、命を落としたと思われるのは8月。おそらく100数日そこで一人で生活していたと思われる。その間彼に何が起きたのか、どのような生活を送り、なぜ命を落としてしまったのかを突き止めていく。

 徒歩とヒッチハイクの旅路は想像以上にワイルドで、彼の記録を追いながら、観光ガイドには絶対に載ってないアメリカの自然を旅することができる。

読んでいて「100日後に死ぬワニ」を思い出した

 序盤で彼が亡くなっているのを誰がどのように発見したか、その場所の状況などは明かされている。その上で、彼が大学を卒業してから約2年の旅路を辿っていく。旅は見たことないほど魅力的だった。実際に同じ経験をしたいかと問われれば全力で拒否したいが、何も持たずに放浪して自然の中で採れたものを食べ、寒さが厳しくなれば仕事を見つけてお金を稼ぐ。彼がその身軽さに憧れたことには共感できる。

 旅で知り合った人たちの証言や日記に残された記録から、生きるか死ぬかのギリギリの瞬間ほど彼がその旅を楽しんでいることが知れる。

 で、読みながら思う。「でも、死んじゃうんだよな」

 充実した日々を送り、たくさんの友達ができ、危機を乗り越えたことを無邪気に喜んでいても結局。。。そう思いながら読んでいたらTwitterで話題になった例の漫画を思い出した。

これ、リアル「100日後に死ぬワニ」だ。

きくちゆうき「100日後に死ぬワニ」

彼に影響を与えた書籍と残された日記

 各章の冒頭に彼が感銘を受けた書籍や知人に送った手紙の引用、彼が残した言葉が入る。例えばこんな

ジャック・ロンドンは王様である
アレグザンダー・スーパートランプ

これはなくなった現場で発見された木片に刻まれた文字。アレグザンダー・スーパートランプというのは彼が使った偽名の一つ。彼は幼児の頃からジャク・ロンドンのファンだったようで「荒野の叫び声」「白い牙」「焚火」「極地のオデッセイ」などを繰り返し読み、これらに書かれる資本主義社会の糾弾、原始の世界への賛美、に心を奪われていた。

私は変化が欲しかったのであり、平穏無事な生活など望んでいない。刺激と危険と、それに愛する者のために身を捨てる機会を求めていたのだ、自分の内部には、エネルギーがありあまっていて、われわれの静かな生活には、そのはけ口がなかった。

レフ・トルストイ「家庭の幸福」

これは、彼と共に発見された書物の1冊の中で強調されていた一節。

 これらを見る限り、思春期に読んだ書籍に影響されすぎた重症の中二病。正直、前半部分はそんな感想を持ちながら読んだ。

重度の中二病かと思っていたけど

 読み進めるうちに、彼の人物像が見えてくる。出会った人たちは口々に彼は品が良く、頭が良く、器用に仕事をこなし、愛想がよかったという。旅で出会った人たちに定期的に手紙を書いており、1週間一緒にキャンプをしただけの人たちに2年間、手紙を送っている。

 トルストイ信者で富は恥ずべきものと思っていたにもかかわらず、彼は生まれながらに金儲けの才に恵まれていた。8歳で自宅の裏で採れた野菜を近所に売り歩き、12歳で両親の仕事用のコピー機を使ってビラを印刷する、クリス・ファスト・コピーズを始め。ハイスクールの1年度終了後には地元の建設業者のトップセールスマンになり、7千ドルの貯金を作った。

つまり、人が嫌いだったわけでも、仕事ができないから資本主義を離脱したいわけでもない。じゃあなぜすべてを捨てて荒野へ旅立ったのか。一言で彼を中二病とくくれないところに本書の魅力がある。

例のワニに感銘を受けたならこちらもどうぞ

 珍しい旅の魅力的な紀行文のようでもあり、死因を突き止める行程はミステリーのようでもあり、親との確執や残された家族の悲しみの詰まったホームドラマのようでもあり、向こう見ずな青年の不幸な死では片付けられない。

 予想以上に深いテーマが広がっていて、読後放心状態になる。是非。

ジョン・クラカワー「荒野へ」 (集英社文庫) 

イントゥ・ザ・ワイルド


 映画化もされてます。面白かった本が映画化されてがっかりすること多いけど、youtubenの予告編のコメント欄にベタ褒めのコメントばかり並んでいて、こっちも気になる。