ミステリー小説が好きなら避けて通れないアガサ・クリスティ ー。長編作品は、有名な代表作が多いけれど、短編はどれから手をつけて良いのか分からない。そんなあなたに、クリスティー作品の幅を感じる短編小説をご紹介。

アガサ・クリスティー 個性派揃いのおすすめ短編7選

クリスティーの作風は幅が広く、王道のミステリーから、怪奇幻想物、恋愛絡みの悲劇を取り上げた不可思議な作品まで、短編ごとにテイストが違うし、短編でしか出会えない探偵たちもいるしで、みんな違ってみんないい。そんなわけで、個性派揃いの短編集を7冊ご紹介。

クリスティー作品のおすすめ長編作品はこちら

ポアロ登場

ポアロの自惚れやっぷりと憎たらしさを堪能したいならこの一冊

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クリスティーの記念すべき第1短編集であり”ポアロ物”ときたら読むしかないでしょう。

クリスティー作品の中でもミス・マープルと並ぶ有名探偵、エルキュール・ポアロの活躍を描いた短編集。みなさんご存知、助手のヘイスティングスと共に事件を解決する。

旅行嫌いのはずのポアロが、「エジプト墳墓の謎」ではアレクサンドリアに遠征、現実に起きた連続変死事件をベースにしたスリラー仕立ての謎を解く。「グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件」では保養中のブライトンのホテルで事件に遭遇。「首相誘拐事件」では英仏間を行き来して、イギリスを国際危機から救う、007顔負けの活躍。

ポアロの自惚れやっぷりと憎たらしさを堪能したいならこの一冊。

ポアロは落ち着いた声音で行った。「誰もがエルキュール・ポアロのようになれるわけではないんだからね!ぼくだって、それくらいのことはよくわかっているよ」
「君ほどの自信家はいないな!」

ポアロ登場

謎のクィン氏

こんな非合理的な存在とミステリーが両立するなんて

短編にのみ登場する探偵?ハーリ・クィン。「道化役者」という意味の名前を持つ。現れては、いつの間にか消え去る非合理的な存在でありながら、不可解な謎を合理化していく。

謎解きをする探偵役はクィン自身ではなく、地位も名誉もお金もそこそこ持ち合わせた独身で初老の英国紳士、サタースウェイト。上流階級に顔が利き、社交界でも名の知れた人物ですが、決してスポットライトの当たらない永遠の脇役といった存在。そんな彼の行く先々に現れては、事件を解決へ導くヒントを与えてくれる。

それぞれの事件の中心には「なんか、切なーい」恋愛模様があるわけだけど、もっとも切ないのは、自分にスポットライトを当ててくれるクィンに会えることを心待ちにしているサタースウェイトだ。

本書の掲載作品は連作になっており、回を追うごとにサタースウェイト氏のクィンへの信頼度が増していく。3作目の「<鈴と道化服>亭奇聞」では車が故障し、仕方なく時間を潰すことになったサタースウェイト。近くの宿屋のレストランで偶然クィンに会ったシーンがこれだ。

「やあ、サタースウェイトさん。意外な場所で、またお会いしましたね!」

サタースウェイト氏はこころを込めて握手した。

「お目にかかれて本当に嬉しいですよ。車が故障してよかった。ここに長くご滞在ですか?」

「いえ、ひと晩だけです」

「いやあ、まったくなんてついているんだろう」

サタースウェイト氏はいそいそと友人の向かい側にすわり、笑顔を浮かべている相手の浅黒い顔を、期待を込めて見つめた。

謎のクィン氏

クィンに会えたことで車が故障してよかったと思えるなんて、もうこれは片思いそのものではないか。回を重ねるごとに、永遠の脇役サタースウェイトの哀愁が増す不思議な連作短編集。

火曜クラブ

見た目と裏腹に鋭い洞察力で人間の邪悪さを言い当てる

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マープル作品の連作短編集。

毎週火曜日に集まり、各人が体験した奇怪な事件を語り、推理しあう。集まった語り手は、法の守り手、紳士階級の代表者、ロマンティックな若者たち、自分にしか関心のない美人女優、庭作りに情熱を持っている主婦。それぞれが語る事件の数々を、おしゃべりの中から情報を集め解決していく。

編み物を手に椅子に腰掛けている老人からは想像できないほど、人を突き放した言葉の数々にマープルの現実的な見方が滲んでくる。

「申すまでもなく、世間には間のぬけた人間がザラにおりますからね。こういった人間は何をやってもたちまち露見してしまいます。でも、バカとはいえない人たちもかなりいるものですわ。そういった人たちにしっかりした道義の観念があればよいのですけれど、そうした連中がとんでもない悪事を企てだしたら、いったいどんなことになるかと思うと、思わずゾッとしてしまいますわ」

火曜クラブ

祖母もやはり桜色の頬をした老婦人で、世の中からまったく引きこもったむかし風の暮らしをしていたくせに、人間の邪悪さというものをとことん知り抜いていた。

祖母に、「でも、おまえはあの人たちのいうことを、鵜呑みにしているのかい。それはやめたほうがいいよ。わたしならそうはしませんよ!」と言われると、まるでこっちがとんでもなく世間知らずのおっちょこちょいのような気がしたものだった。

火曜クラブ「著者のことば」より

死の猟犬

絶対にトリックがある。という前提を足元から崩されて

ポアロやマープルの得意とする、人間観察と科学的アプローチで謎を解くストーリーとは対局の、非合理的な出来事と、超自然的恐怖を語る怪奇幻想短編。

合理と理知の裏側。怪奇幻想作家としてのクリスティーが楽しめる。

ほとんどの作品に精神科医が登場し、交霊会、女霊媒師というキーワードがとび交う異色の作品群。

「───われわれが超自然的なものと言っているのは、からなずしもそうじゃありません。野蛮人にとっては懐中電灯だって超自然な物でしょう。つまり超自然的なものというのは、法則がまだ理解されていない自然現象に過ぎないんですよ」

「というと?」わたしはひどく興味を感じていった。

「人間が……男も女も……自分の目的のために何か途方もない破壊力を思うままにできるかも知れない可能性を、わたしは頭から否定するわけにもいきませんがね。それをやってのけた手段方法は、われわれにとっては超自然に思われるかも知れない……が、ほんとはそうじゃないでしょう」

死の猟犬

超常現象か、人間が仕掛けたトリックか、読み終わるまでわからない。絶対にトリックがある。というお約束を放棄され、ただただ翻弄されるしかない。クラクラする短編集。同名タイトルで戯曲化された「検察側の証人」だけは、純然たる法廷ものミステリー。

パーカー・パイン登場

あなたは幸せ?でないならパーカー・パイン氏に相談を。

クリスティー作品の探偵といえば。と聞かれて名をあげる人はほとんどいないでしょう。14の短編にのみ登場する地味な探偵パーカー・パイン。

「あなたは幸せ?でないならパーカー・パイン氏に相談を。」こんな文言を新聞の個人広告に出している変わり者。

クリスティーはとりあえず、パインを次のような人物に設定している。

彼は三十五年間の官庁勤めを無事に終えた後、不幸な人の悩みを解決する仕事を第二の人生に選んだ初老の男で、外見は度のきつい眼鏡をかけた禿頭の大男とかなり極端なのだが、なぜかその姿には人を安心させる力があり、そのため彼の事務所を訪れる依頼人は悩みをあっさり打ち明けるのだった。

パーカー・パイン登場

それでいて事件解決の方法は、彼は事務所にいながら若いスタッフに指令を出すだけという安楽椅子探偵スタイル。美男美女が依頼者の元を訪れて───。というスタイルは長続きせず。

第七話からパインは中東旅行へ旅立つことになり、旅先でしっかり事件に巻き込まれる。これらが後の長編「メソポタミヤの殺人」「ナイルに死す」に形を変えることになる。

ヘラクレスの冒険

英雄ヘラクレスのごとく難事件に挑むポアロ作品

ことの始まりは、ポアロのクリスチャン・ネームであるエルキュール(=ヘラクレス)という名前。オックスフォード大学のバートン博士との会話中、古典を学ばないなんて、損をしているぞ。と博士に軽ーくキレられたポアロはギリシャ神話に登場するヘラクレスを調べることにする。

古典的なパターンのどれもこれも、ポアロにはショックだった。こういう神や女神たち───彼らは現代の犯罪者に負けず劣らず、さまざまな変名を持っているように思えたのだ。じっさい、彼らはどう見ても犯罪者タイプに見える。飲酒、放蕩、近親相姦、強姦、略奪、殺人、詐欺───こう色々あっては、予審判事は忙しくて休む暇もない。まともな家庭生活もなく、秩序も規律もどこへやら。いくら犯罪にしても、こうまでめちゃくちゃとは!

ヘラクレスの冒険

ギリシャ神話の神々に幻滅したポアロは、自分が現代版ヘラクレスの難行を行ってみせようと決意を決める。

名探偵ポアロともなれば、決意さえすれば、ちょうど良い事件が次々飛び込んでくるわけで、「ヘラクレスの難行」になぞらえた、12の事件に挑む。

マン島の黄金

クリスティー没後20年を経て出版された短編集

マン島の観光PRのために書き下ろされた表題作を含む全12篇が収録されている。そのうち9篇はクリスティーが作家デビュー間もない1920年代の雑誌に、掲載されたっきりの幻の作品群。いくつかの短編には、すでにポアロが登場。

もちろんどこから読んでも構いませんが、「クィン氏のティー・セット」だけは、ハーリ・クィンが登場する短編集「謎のクィン氏」を通読してから読まれることをオススメします。クリスティー作品の中でも短編にしか登場しないマイナー探偵ことクィン氏は、事前情報なしに読むと

「???何やこれは???」「クィン氏って何もの?これ、どーゆー状況?」となりますが、

「謎のクィン氏」通読後は、久しぶりの再会に「エモー!!!」と叫ばずにはいられないはず。

間違いなくクリスティー最後の短編集。

まとめ

どれも面白いけど、ザ・クリスティーを読みたいなら、「ポアロ登場」「火曜クラブ」「ヘラクレスの冒険」あたりがおすすめ。「謎のクィン氏」「死の猟犬」のタイプの違う不可思議感もいいし、「マン島の黄金」のクリスティーアソート感もいい。どうしてもおすすめするのが最後になちゃうけど、「パーカー・パイン登場」もいいんですよ。

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